昭和40年10月16日 朝の御理解



 金光様・・今日の十五年の記念のお祭りを奉仕させて頂く、まあ愈々今日の十時に、その幕が切って落とされる訳でございますけれども、私しの腹の中にこの定まったもの、決まったものがなかった。お祝詞を書かせて頂こうと思うけれども、その決まったものが心の中にない、それを書く事も出きん、色々この十五年の記念のお祭りがどう言うような。思いを中心にして、お祭りを奉仕させて頂こうかと、思わして頂いとりましたら、今朝その思いが定まりました。
 そしてそれはどう言うふうに定まったかと言うと、この十五年間の事十五年間の事を振り返らせて頂いて、何が自分に出来たかと言う事。出来たのはもうお粗末ご無礼ばっかり、これとしてもうそりゃ成程、椛目で沢山の人が助かった、ね。そして私共家族の者が、おまかないを頂いて、様々におかげを頂いて来たけれども、それがなんにも出来んのに、神様はおかげだけを下さっておると言う事がわかった。もう今日のお祭りはお詫びに徹し抜かせて貰う。お詫びに尽きると私はこう心が決まった。
 十五年間の事、どれほどお詫びをしてもお詫びをしても、お詫びしつくせん事だけれども、この十五年の記念のお祭りに。どうにも出来んほどの数々のお詫びもその事を、ね、愈々命懸けで改まらせて頂こうと腹が決まった。その事を持って神様に、お詫びお許しを頂こうと、まあ私しの腹はそう言う風に決まったんですけれども、皆さんはどう言うような事か、分かりませんけれども、今日私しが申しております事をです、本当に先生あなたばかりじゃありません。私共もそうであったと気づかれる方は、ね。
 どうぞ私しの信心に連れのうて頂いて、どうぞ今日の御大際を、記念祭をお詫びに十五年間のお詫び、それが私共の信心、今日のお祭りに現れて参りますような、おかげを頂きたいと思うとりますから、どうぞもうそう言う風に、本当に思うて見れば思うて見る程、あいすまん事であったと言う。そこん所に基づかれる方はです。どうぞその精神で今日のお祭りを、拝んで頂きたいと思うのでございます。
 これは皆さんに申しとりますけども、これは私し自身の事なんです、ね。けども皆さんも、まあ私の信心に繋がっておって下さいますから、ね、よくよく自分の胸に手を置いて見ると、そうなのでございますから、そこに気ずかれる方はどうぞそのお詫びを。中心にした所のお祭りであらなければならない、ですから今日のお祭りにはそう言う本当に大坪が心から、芯から命懸けで詫びておると、言うお祭りが現れれば有り難い事だとこう思うのでございます。
   どうぞよろしくお願い致します。